午前0時バーミヤン

深夜のバーミヤンで、5メートル程離れたはす向かいに見覚えのある顔の男がいた。薄緑の作業着を着ていて、男二人女二人同席しているうちの男二人も作業着姿なので、すぐに他人のそら似だろうと思い直した。その男のキャラと作業着は結びつかない。
しかし、ドリンクバーに女の一方が立ち上がった瞬間、その人の「匂い」みたいなもので最初の判別が正しかったと気付いた。


男は90年代日本を代表する犯罪事件を起こした宗教団体の幹部。
立ち上がった女は化粧気が全くなく髪をひっつめ、メガネをかけ、フリースと綿のパンツというシンプルな格好をしている。単に「地味」ともいえるが、それ以上の、何か周囲の世界との不協和音のようなものが漂っている。生まれもった「顔立」でなく「顔付」からくるものだと思う。その不協和音が控えめでなく積極的に鳴り響いている。もう一人居る女ともども30代で、そしてもう一人の女も外見も印象も、全ての点で特徴が同じ。フリースの色以外、遠目には区別がつかない。
連れの男二人には、薄汚さを感じる。遠目には匂いが届くわけもなく、汚れはよく分からないのだが、顔と体全体が煤をかぶったような曖昧な見え方で、それがやはり、社会に疎外されている者の陰に籠ったものでなく、積極的に主張されている。
男3人は、この冷え込む秋の夜に見るからに薄手の作業着の上下のみ。誰が見ても、まずそこを奇妙に感じただろう。
5人のメンバーは時に大声で笑ったりなどして、明るく談笑中。座の中心はやはりその男。しばしばもてはやされていた彼のルックスは、テレビで見ていた時にはオタク的で気持ち悪いと思っていたが、実物を見ると鷹揚な印象で感情が見えやすく、実に感じが良い。ファンが付くのが納得出来る。


柱越しにそれとなく観察していて、ふと正面を見ると、俺の正面にいたカップルがメニューを前にしつつ、俺の方を見ている。
…公安?
とまず浮かぶ。俺の方を見る目に遠慮がない。会話はメニューについて相談しているようだが、目線がちらちらとこちらにくる。
男の方はがっしりしていてカジュアルな赤のブルゾン、女はジャージの上下、ともに30代中盤くらい。男のブルゾンは目立ち過ぎるし、女のゆるく脂肪がちの体は官憲には見えない。
暫くすると、5人組を正面に見ている女の方が、背後に回している男にひそひそと状況を話し始めた。よく見えるようにと体をずらしたりなどする。
…隠れての尾行でなく、尾ける方と尾けられる方相互に了解が成立している?
しかし、男女は深夜にも関わらずジョッキビールを含む数品の中華を注文する。5人組が立ち去った後も、その後ろ姿をさほど遠慮なく見送って、皿がほぼ空になるまで食い続けていた。
僕と同じように、その男に気付いていただけの近所の人だったらしい。